今回は、広報に関するおすすめの書籍をご紹介したいと思います。
書籍:『広報の仕掛け人たち 顧客の課題・社会課題の解決に挑むPRパーソン』
編集:公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会
出版社:宣伝会議
日本パブリックリレーションズ協会の「広報の仕掛け人たち」シリーズは、以前にもこのブログで紹介し、企業広報の事例として参考にされた方は多いかと思います。今回取り上げるのは、PRの多様性を象徴する新しい事例を集めたシリーズ最新版で、2020年9月末に出版されました。
主なテーマは、社会課題を解決するための広報です。パブリックリレーションズ(PR)とは、企業や団体などが社会やステークホルダーとのコミュニケーションにより、良好な関係を構築するものといわれます。近年、SDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まり、企業はさらに自社の利益追求だけでなく、社会的責任を果たすべき存在となってきました。
広報も自社の売上向上や認知向上だけを目的とするのではなく、広報を通じて社会を良くしていくことを、意識しなければならなくなったともいえます。本書は企業・団体が取り組んだ11のプロジェクトを通じて、社会的な文脈のなかで語られるまでの裏話を紹介しています。
おすすめポイント(1)~社会課題を見える化し、消費者の共感を呼んだ住宅メーカー~
企業の広報の方が特に参考にしやすい事例は2つあり、そのうち一つはマーケティングの段階から社会課題を可視化することに取り組んだ大手住宅メーカーのプロジェクトです。
PRの手法として、その商品やサービスが必要とされる世論づくりのため社会課題を掘り起こし、その課題自体を新聞などに取り上げてもらう「イシューブランディング」というものがあります。
商品開発の時点で時流を読み、これまで消費者が困っていたことを解決できる商品を開発できたとしても、それを発売段階でうまく言語化し、課題に共感してもらうことができなければ、商品の必要性はうまく消費者に伝わりません。そこでまず報道を通じて「いま社会ではこのようなことが問題になっている」ということを知ってもらう方法です。
先の大手住宅メーカーは、共働き夫婦の家事負担格差をなくすため「名もなき家事」という言葉と概念を世の中に浸透させ、そこから着想した「家事シェアハウス」(家族が帰宅後の動線のなかで、自然と片付けできる仕組みをつくった商品)のPRにつなげました。
書籍によると、社内で商品開発のためディスカッションしたとき、共働きの女性社員から「家事といっても掃除や洗濯がすべてではなく、脱ぎっぱなしの靴下を拾う、郵便受けに入っていた不要なチラシを捨てる、など名前のついていない些細な行動も家事として認識してほしい」という声が挙がり、盛りあがったといいます。
その後「名もなき家事」に共感してもらうプロジェクトが始まったのですが、ここで一番重要なのが、単なる主観的な表現や抽象論ではなく客観的に“見える化”したことです。
これまで国内では男性の家事・育児参加を促す動きとともに、ただ夫を批判し反省させようとする家事論争が頻繁に起こり、解決策が提示されないまま男女間の対立の溝は深いまま終わってきました。
そこでPR会社のチームが共働き夫婦への家事に関する意識調査を行い、男女間で認識している負担割合にギャップがあることを浮き彫りにしました。家事負担の不平等感の裏には夫婦で認識の違いがあるという、男性も腹落ちするような調査づくりを行い、家事はみんなでシェアした方がいいというポジティブなメッセージを発信しました。
その後、雑誌や新聞、WEBメディアなどが「確かにこれは日本の大きな問題だ」とこぞってこのテーマを取り上げ、社会問題化されていきました。皆さんもどこかで「名もなき家事」問題を取り上げた企画や記事を、目にしたことがあるのではないでしょうか。
問題提起だけで終わらず商品のコンセプトに共感してもらうことを重視した、メーカー側の強い思いが実を結んだと紹介しています。
おすすめポイント(2)~元記者が広報にメス! 媒体との関係構築で変貌したヘルスメーカー~
もう一つの事例は、乗るだけで体脂肪率をはかれるヘルスメーターが大ヒットした企業の、その後の広報改革ストーリーです。
2006年に元日刊工業新聞の記者が入社し、体制づくりに着手するまでこの会社の広報は「ダメ広報」だったといいます。過去の成功体験を引きずり、待ちの姿勢となる“大企業病”に陥っていると気づき、まずはプレスリリースのあり方や情報の出し方を見直し、メディアリストも整理。人手を確保するためPR会社とチームを組み、攻めの広報をスタートさせました。
その後2009年、塩分控えめの定食スタイルで一食毎回500キロカロリー前後という社員食堂がたまたまNHKの人気番組で紹介されたことがきっかけで、「食の企業」という新たなイメージが定着していきました。しかし露出が増えても、ものづくりの会社として認知されにくいことに複雑な思いを抱き、「いくらブームになっても前例を踏襲しない」という広報方針のもと、常に新しいチャレンジを仕掛けるようになりました。
その中で有名なのが食堂のオープンです。当時たびたびメディアがこの食堂を取り上げましたが、書籍の中では、その裏でどのように情報の出し方を工夫していたかにも触れています。食堂の成功によって、「健康をはかる」から「健康をつくる」会社に生まれ変わり、自社のビジネスにうまく落とし込むことができたと書かれています。
広報改革の具体的な中身で注目なのが、メディアリレーションズの実践法でした。プレスリリースを出した日はPR会社の担当者と一緒に、アポなしで記者を一人ずつ訪問。足を運んで関係づくりを行うことで、異動が多い記者の動向もキャッチしやすいようにしたそうです。
情報を足で稼ぎ、雑談のなかで思わぬニュースを拾えるような関係を築くというのは新聞記者が取材するときの王道メソッドですので、メディアとの付き合い方のコツを、身をもって理解していた元記者ならではの考え方だと思いました。
コロナ禍で記者と直接会う機会は減ってしまいましたが、これまで記者と会うことにこだわるメディアリレーションズができていた企業は、できていなかった企業と情報提供の時点で差をつけられているのではないでしょうか。
まとめ~コロナ禍で問われるPRのアップデート~
新型ウイルスの感染拡大により、企業の顔となる広報・PRパーソンはこれまで以上に、さまざまなリスクを想定し備えなくてはならなくなりました。本書では危機管理広報の重要性が問われる時代になったと書かれており、2020年4月に政府が緊急事態宣言の対象地域を全国に広げてから、わずか2週間で危機管理広報の初動マニュアルを作成、企業に無償提供したPR会社の事例も紹介しています。
先行きの見えない時代の中、あらゆるリスクをキャッチする感度を高め、「攻めの広報」も「守りの広報」も受け身にならず、時代に合わせてアップデートしていくことがますます必要だと改めて考えました。11の事例のなかに、みなさんの企業が直面する広報の課題を解決するヒントが見つかれば嬉しく思います。
書籍:『広報の仕掛け人たち 顧客の課題・社会課題の解決に挑むPRパーソン』
編集:公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会
出版社:宣伝会議